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仕事とわたしの距離感/津村記久子『この世にたやすい仕事はない』

読書

できることなら、私は働きたくありません。でも、宝くじに当選して億万長者になったとしても一切働かないという選択はしない気がします。

仕事はただ賃金を得るためだけにしていることではなくて、私にとっては誰かと関わったり自分にできることを増やしたりすることも含まれているからです。

本当に難しいのは仕事の内容よりも、仕事を取り巻くひとや物事と自分の距離感を適切に保つことではないかと本書を読んで思いました。 

この世にたやすい仕事はない

この世にたやすい仕事はない

 

主人公は新卒から14年間働いてきた職場を燃え尽きるように辞し、ハローワークで不思議な仕事を次々に紹介されます。就職しては何らかの理由ですぐに辞めることになり、5つの職場を渡り歩く連作短編集です。

紹介される仕事はどれも現実味を帯びているようで、実際ハローワークに行ってもまず募集はかかっていないだろうという業務内容ですが、主人公は手を抜いたりさぼったりしません。5つの職はいずれも、社会保険がなかったり低賃金だったり拘束時間が長かったりします。仕事がつらい時「所詮非正規雇用だ」とか「仕事量に対して賃金が安すぎる」とか文句を言いがちですが、主人公は目の前の仕事を淡々と、着実にこなしていこうとします。

 長く続けた前の前の前の仕事を、燃え尽きるようにして辞めてしまったので、あまり仕事に感情移入すべきではないというのは頭ではわかっていたが、仕事に対して一切達成感をもたないということもまた難しい。自分の仕事を喜ばれるのはやはりうれしいし、もっとがんばろう、という気になるのである。

「仕事と愛憎関係に陥ることはおすすめしません」と言われながらも、どの仕事に対しても真剣に向き合い、それゆえに疲れ果ててしまったり居心地の悪さを感じてしまったりします。たとえ自分の得にならないとしても、仕事を円滑に進めるために求められる以上のことをするのは、どんな仕事であっても自分と不可分だからでしょう。

いろんな仕事があって、いろんな働き方があって、正解なんてきっとないのです。

心身を壊すほど働いてボロボロになるのは良くないですが、同じくらい苦しいのは、自分と仕事の距離感がつかめない時ではないかと思います。

懸命に働いているのに、自分が空回りしている時。真摯に向き合おうとしているのに、仕事と上手に顔を合わせられない時。誰かのためにと思いながら、自分の心を満たすために働いていたことに気づいた時。

「たやすい仕事はない」とは仕事内容のことだけではなくて、たやすくつきあっていける仕事に出会うのは難しい、という事でもあります。

消耗しても、仕事に裏切られたと感じても、自分に見切りをつけたくなってしまっても、働くことを簡単にはやめられない。働くのいやだなと思いながらも、もっと働くことに真っ向からぶつかっていきたい思いを起こさせてくれた本でした。