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博多座文楽公演へ行ってきました(夜の部)

モヤモヤしつつも楽しかった昼の部に続き、夜の部も観てきました。 

karasawa-a.hatenablog.com

 

夜の部

今度は一気に最前列、右端の席を取ったので目前に床があります。ちょっと首を傾げれば大夫さんと三味線弾きさんが目前にいらっしゃる臨場感あふれる座席です。舞台の人形は少し見づらい場面もありますが、とにかく人形も近くで観られるので、開演前からわくわくしておりました。最前列、とってもいいです。

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昼の部と同じく、演目の前に上演内容について解説がありました。夜の部は「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」のみ。この物語は、江戸時代に大阪で実際に起こった、38歳妻帯者と14歳の少女が子まで為す不倫関係となった事件がモデルになっています。ドロドロです。現代ならスキャンダルどころではないです。

桂川連理柵

大まかな筋は帯屋の主人・長右衛門と隣の信濃屋の娘お半が心中するというものです。幕間に感想などを走り書きしているのですが、登場人物の関係が結構複雑で、以下のようなメモを残していました。

  • 長右衛門:帯屋主人。顔だけが取り柄の豆腐野郎。元々は捨て子で、帯屋の養子。
  • お絹:長右衛門の妻。常識人っぽいが重々しい専業主婦。
  • 繁斎:長右衛門の養父。常識人っぽいが後妻を選ぶ目はなさそう。
  • おとせ:繁斎の後妻。元は帯屋の飯炊き。息子と共に帯屋乗っ取りを企てている。
  • 儀兵衛:おとせの息子。お絹に横恋慕している。いちいちリアクションが大きい。
  • 長吉:年中鼻を垂らしている丁稚。お半が好き。
  • お半:信濃屋の娘。無邪気なふりをして長右衛門を誘惑する恐るべし14歳。

観ている時、完全にお絹さんに肩入れしていたので、出てくる男性に対してダメ出しの連続でした。なんなのこのどうしようもない男たち。

長右衛門はいろいろな事情を抱えていて、もう死ぬしかないというところまで追い詰められています。ですが、問題に対して長右衛門が何にもしてないように見えてしまい、観劇中の私は怒りのボルテージが上昇しっぱなしでした。

大名から研ぎのために預かった刀を偽物とすり替えられたり、お絹の弟のために店の金を遣ったりと本人の力だけではどうすることもできない事情もあるのですが、そこを何とかするためにあがく姿が全く出てこないのです。

信濃屋の娘・お半と関係していることを槍玉に挙げられた時は、妻のお絹の根回しによってその場の難を逃れますが、本人は親に「暖簾に泥をよう塗つた」と怒られて泣いてるだけ。その後も、店の金を遣いこんだことについて追及されおとせに箒で叩きのめされ、止めに入ったお絹が「礼儀も人によるわいなア」と悔し涙を流している横で「親といふ字で何事も、虫を死なす胸の内。思ひ遣つてくれ、女房」と男泣き。お半を妊娠させてしまったことや大名の刀を紛失したことについて、生きていても言い訳が立たないと死を覚悟しますが、周りを苦しめてばかりの自分に愛想が尽きたと布団の中で忍び泣き。泣いてばかりです。

渦中の人でありながらほとんど動きのない長右衛門ですが、舞台上では不思議と存在感がありました。演劇では特に、台詞をしゃべっている人物以外がじっとしていることに違和感を感じる場面もありますが(満身創痍の人がしゃべっているのに、周りは介抱もせず黙って話を聞いているだけとか)、文楽だと人形が演じているので、台詞のない人物がじっと動かずにいることへの違和感があまりないと感じています。でも今回の長右衛門は、周りが騒ぎ立てているシーンでも、ただじっとして背景の一部と化すのではなくじっと耐え忍んでいる姿で舞台上にいました。長右衛門を遣っていたのは吉田玉男さんですが、義太夫に乗せて人形を遣うだけではなく、動かなくとも存在感をだす表現の力が本当にすごいと思いました。

 

以前「楽しかったけどイライラする」とこの物語について書いたのですが 、登場する男たちの残念っぷりに比べて、女性は強かなひとばかりです。

妻のお絹は、夫の不義の噂を知り、観音様へお百度参りをして夫婦仲を祈願しつつ、言い寄ってくる儀兵衛をあしらい、お半のことが好きな丁稚長吉を買収して事を荒立てぬよう根回しします。夫のことを口さがなくののしる姑おとせに立ち向かい、お半と関係した長右衛門のことも「この事はさらりと流して」と許してしまいます。腹の中は煮えくりかえっているのだと思いますが、できた嫁すぎて怖いくらいです。

そして、観ていて一番怖かったのがお半です。旅先で偶然長右衛門と同じ宿に泊まった夜、言い寄ってくる長吉から逃れて長右衛門のもとに駆けこんだお半。そこで長右衛門がつい手を出してしまった、ということですが、私はそこのところはお半の計算もあったのではと勘ぐってしまいます。

お半が長右衛門に残した書き置きには、「長右衛門と縁を切ってよそに嫁入りする気はないが、妊娠していることが世間に知れたら長右衛門の名を出さなければいけないし、お絹さんにも合わせる顔がなく、母親にも知られて叱られないうちに、桂川へ身を投げる」といった内容が書かれていました。ここまで分別のつく子なら、そもそも既婚男性の寝床に夜中にやってくるなんてこと、何も考えずにするとは思えません。こんな小悪魔みたいなタイプの女子とはお友達になれそうにないなあと思いながら、恋に身を滅ぼす14歳の顛末を見届けたのでした。 

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どうも心中物に対してはピンとこない部分が多くて、舞台そのものは楽しく観られるのですが、物語に納得がいきません。ハッピーエンドでないからなのか、自分の死をめがけて行動する登場人物に感情移入できないのか、恋愛物への関心が薄いのか……。

すべての物語が受け手を納得させないといけない道理はないでしょうから、今はこのままで、いつか自分の受け取り方が変わって、全然違う感想を抱ける日も来るかもしれないと思っています。楽しいけれどモヤモヤするという奇妙な感覚を味わいに、文楽を観に行っているのかもしれません。

来年もまた、博多座の文楽公演へ足を運ぶことになると思います。地方公演を待っていると毎年1~2回しか観られないので、来年は大阪の国立文楽劇場にも行きたいなあ。