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慣れたからといって、平気なわけじゃない/ディック・ブルーナ『うさこちゃんとたれみみくん』

寒さと仕事にやられて、倒れては跳ね起き奮闘する2月でした。

体を休める時間は確保できても、目に見えない傷が心を縮こまらせている感覚は抜けません。原因は大体似たりよったりで、そんなストレスにはもう慣れっこになったと思っていたのに新しい傷はどんどん増えていきます。

 

ディック・ブルーナの絵本『うさこちゃん』シリーズに、『うさこちゃんとたれみみくん』というお話があります。

 

うさこちゃんと たれみみくん (3才からのうさこちゃんの絵本セット2) (ブルーナの絵本)

うさこちゃんと たれみみくん (3才からのうさこちゃんの絵本セット2) (ブルーナの絵本)

 

 

うさこちゃんの通う学校に転校してきたダーンという男の子は片方の耳が垂れており、クラスメイトからは「たれみみくん」と呼ばれるようになります。そんな呼ばれ方を本当は嫌がっているのではないかと、うさこちゃんがダーンに尋ねると「うん、いやだよ」と答えが返ってくるのですが、「ぼく、もうなれてるから。それに、みんながぼくのことをもっとよくしったら、かわるんじゃないかな」。

いくら慣れているといっても、嫌なものは嫌なまま存在しつづけ、己を蝕んでゆくのではないでしょうか。「もうなれてるから」と言うのは、転校してくる前から何度も同じ目に遭っているから。「みんながぼくのことをもっとよくしったら、かわるんじゃないかな」という言葉には、積極的に誰かと関わったり、自分の気持ちを伝える機会が持てなかったことを想起させます。気持ちを伝えても理解してもらえなかった経験があるために、受け身になっているのかもしれない、とも。

傷ついた、悲しい、とわめきたてるのは簡単です。でもそれは一時の感情の表出でひとをねじ伏せようとする強引なやり方ともいえます。傷を負った時、冷静に状況を説明してこれ以上傷を増やさないようにするには相当なエネルギーを必要とします。エネルギーの消耗を防ぐために、苦しさに慣れてしまって耐え忍ぶのもひとつの方法ではありますが、平気なふりをして傷を深めていくのはとてもつらいことです。

絵本では、ダーンの話を聞いたうさこちゃんが、翌朝クラスメイトにある提案をします。とても簡単なことなのだけれど、自分がやろうと思うと難しくて勇気のいることです。こんなにうまくいくわけないじゃない、と穿った見方をしている自分を感じながらも、こうあってほしいと願うラストになっています。

 

うさこちゃんのように、みんなに提案するほどの勇気もエネルギーも、正直今の自分には足りません。でも、話を聴いて少しでも相手のことを考えられる思いやりは持っていたいのです。

苦しいのが当たり前なんて、地獄にいるのと同じではないですか。慣れによって感覚が麻痺してしまったとしても、傷は増え重荷はのしかかってきているはずです。取り返しがつかなくなる前に、平気なふりをしていた傷を手当てしてあげたいと思う2月の終わりでした。