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小川洋子『琥珀のまたたき』読みました

読書

静謐で、あたたかいのにもの悲しく残酷な物語でした。

感想を書きたいのですが、この世界を言い表す言葉が見つかりません。登場人物に寄り添いながら物語の世界に入り込んでいたはずなのに、彼らはつめたい石の中にいてこちらから触れることはできないのだと思い知らされました。過去はそのまま樹脂に包まれ、そっと光に透かすと溶けてしまいそうな琥珀に封印されています。

琥珀のまたたき

琥珀のまたたき

 

傍から見れば、6年8か月もの間母親に監禁されていたきょうだいの物語なのでしょう。

「魔犬」によって妹を失った3きょうだいは、ママの言いつけにより古い名前を捨て、オパール、琥珀、瑪瑙という新しい名前を得て別荘へ引っ越します。二度と魔犬に襲われることのないように、決して壁の外へは出ない生活が始まるのです。

ママの禁止事項に従って、壁の中で声をひそめて、見向きもされなくなってしまった図鑑を読み続ける日々。ともすれば殺伐とした空気が流れそうですが、閉ざされた世界でのきょうだいの暮らしは豊かに見えます。彼らは外の世界とのつながりを感じながらも、自分たちで進んで出ていこうとはしません。

作中には多くのモチーフが登場します。ひとつひとつを読み解いて、隠された意味を探ることもきっとできるでしょう。ですが、そんなことを分析してどうなる、というほどにこの世界は閉じられているように思います。知った顔をして同情したり解説したりする闖入者を受け入れてはくれません。いずれ消えてしまうとしても、過去に確かに存在した世界は誰にも邪魔されることなく、記憶の中に残り続けます。

 

読み進めるにしたがって、自分は言葉に頼りすぎなのかもしれないと感じていました。言葉にしなければ伝わらないことはたくさんあるけれど、どうしようもなく言葉にできないことの方がずっと多いのだろうと。自分が見聞きするものは世界のほんの一部分でしかなく、いくらインターネットで情報を集めても、たくさんの本や音楽に触れても、それら全てを言葉にして伝えることなんて到底できやしないのでしょう。

言葉の背景に隠されたものを感じ取ろうにも、感じ取ったことを言葉にするのが難しいのです。枝に刺さってしまった人形や、化粧をしてツルハシを担いで出勤するママの後ろ姿、泥に沈んでいくオパールのフェルトの王冠、瑪瑙がそっと窺う裏口の扉、様々なシーンを思い浮かべながら、何もあらわすことのできない歯がゆさを感じます。

作中で、琥珀は魔犬に襲われた妹を図鑑の中に見出します。大量に本棚に並ぶ図鑑それぞれに妹の姿を描き出すのですが、琥珀の手によって現れる妹を思い浮かべることができませんでした。

彼らが見ている景色はどんなふうに映っているのでしょう、図鑑に描かれた家族はどんな姿なのでしょう。

言葉にならない世界を少しでもつかむために、何度も読み返したいと思った物語でした。