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冬至の太陽

冬至は1年で最も日照時間が短い日だから、この日を過ぎたらまた日が長くなるという、前向きな言説がある。かぼちゃを食べ、ゆず湯に浸かり、寒さをしのぐ。

太陽が見えないと悲しくなる。季節性情動障害などというほどに、暗く寒い冬はわたしの内面を縮こまらせ冷たく閉ざす。冬至を乗り越えたからといって寒さは手を緩めはしない。むしろ冬至を過ぎてからの方が厳しくなってゆく。

クリスマスや正月のようなイベントは、そんな苦しみを少しでも紛らわすためにあるのではないか。何か楽しいことをしているのだ、と自分をごまかして駆けずり回らなければ、この冷たさに負けてしまう。クリスマスの街のかがやき、正月という祝祭、バレンタインデーでのチョコレートの誘惑、毎月必死で楽しみを見つけようともがき、逃げ出すことのできない寒さから身を守るのだ。

歩くたびにつま先がひりひり痛み、指先の感覚が失われていく。鼻が乾燥して呼吸がうまくできなくなる。もっと寒い地域は他にいくらもあるのに、ここが世界で一番寒くてさびしい場所だと錯覚してしまう冬の夜。

誰かを求めれば、太陽がなくても平気になれるのだろうか。ひとりでいるということは、こんなにもさびしいことだっただろうか。

わたしは太陽を求めている。

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