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ふつうの檻

創作

眼鏡をかけたまま風呂に入った彼が眼鏡をかけたまま風呂から出てきた。いつものことだ。風呂で本を読むわけでもなし、湯気でレンズも曇ろうというのに必ず眼鏡を装着したまま風呂に入っている。眼鏡の「取扱いの注意」にも「熱を加えたり、熱がこもるような場所では使用しないでください」と書いてあって、いつか眼鏡が溶けても知らんよと思う。本人いわく、視界がぼやけた状態で全裸になるのがおそろしいという。コンタクトにすればいいのにというと、それは目玉に張り付きそうでおそろしいという。

「それにしたって、ふつうは風呂に入る時くらい眼鏡外すでしょう」
「あんたのふつうは俺のふつうじゃないんだから」

そんなことを言うわりに、風呂あがりにアイスクリームを食べる私のことは変だという。熱帯夜どころか暖房すらついていない寒々しい冬の夜に、せっかく温まった体をなぜ冷やすのだ、しかもダイエットと言いながらなんで夜のアイスはやめないんだ、と言われた。正論と言えば正論だ。

「風呂あがりの美味しいアイスを楽しむという行為に意味があるのだよ、セイカの南国白くまは尊い」
「尊いの使い方がなんかおかしくない」
「あんたの尊さと私の尊さを一緒にしないでほしいね」
「やっぱりなんかおかしくない」

 

彼は新卒から勤めた会社を辞めて今は働いていない。会社勤めをしていた頃はゴリゴリという擬音がつくぐらいに朝から晩まで働きづめで、残業代やボーナスは出たらしいけれど、報酬を手に入れても使う暇もなく、やがて体と心にガタがくるようになった。あんまり見かねたから少しは休むよう伝えてみると、休んだら戻れなくなるのがおそろしいという。

「今の会社じゃなきゃ仕事できないわけじゃないんだから、無理するくらいならいっそ辞めちゃいなよ、私なら辞めて次のバイト探す」
「簡単に言うけどさ、あんたのふつうは俺のふつうじゃないんだから」
「でもさ、俺のふつうにいつまでも乗っかる法もないんじゃないの」

世の中にはいろんなふつうがあって、私も大抵はそんなふつうに乗っかっているのだけれど、時々乗っかれないこともある。きっと私だけじゃなく、一般常識的なふつうじゃない、自分だけのふつうをみんな持っているのだ。それは全然構わないことで、お互いのふつうを尊重し合いましょうというのもわかっている。

でも、相手のふつうを認めることはできても、一度身についてしまった自分のふつうはなかなか変えられない。あんたがそういうのはわかるけど、私は違うふつうで生きているんだよ、と言ってしまうと、自分で作ったふつうの檻に閉じ込められてしまう。

心身に不調をきたしてから仕事を辞めるまでの間、彼はひとりでうんうん唸りながら己のふつうとたたかっていた。安定した収入がなきゃダメだとか、休んだら居場所がなくなるかもとか、35歳になるまでには結婚しなきゃとか、いろんなことを考えていたらしい。決めるのは本人だから私は何も言えなかったけれど、生きていけるだけの収入があれば多少不安定でも助け合えばいいと思ったし、休んで居場所がなくなるような職場に行くくらいなら私があんたの居場所になってやるよと思ったし、結婚とか別に興味ないわーと思ったし、おっ我ながら男気にあふれる私かっこいいぜとも思った。

私の微々たる収入があるとはいえ、貯金を崩しながら生活をするというのは不安がつきまとう。だけどもうゴリゴリ仕事しなくてよくなったし、体の調子も良くなってきたし、経済的に不安でも心は元気になった。

自分のふつうの檻から出るのはすごく勇気が必要で、檻から出て自由になれるかという保証もない。そんなふわふわした土台に立ってたんだなあと今更気づいて、遅まきながら地固めしようと躍起になってしまう。そして固まってきた土台の上にまた自分のふつうの檻を作り上げて閉じこもってしまう。そんなことの繰り返しで、少しずつ私たちはおそろしいものを乗り越えていく。

眼鏡が溶けるかもしれないのに熱いシャワーは浴びるし、部屋は寒いのにアイスはやめられないし、あんたと私のふつうは違うけれど、そんなふつう同士でこれからも仲良くやっていけばいいんじゃないのと思う。

こういう尊さはきっとあんたも私も一緒だよね。