軽やかに駆け抜ける/伊坂幸太郎『陽気なギャングは三つ数えろ』

無駄に小難しいことを考えて、書くにも読むにも立ち止まってしまうことがあります。いろいろ放り出して気楽に本を読みたい、そんな時には陽気なギャングの出番です。 

陽気なギャングは三つ数えろ (NON NOVEL)

陽気なギャングは三つ数えろ (NON NOVEL)

 

人間嘘発見器・成瀬を筆頭に、演説名人の響野、天才スリ久遠、正確な体内時計を持つ雪子で構成されたギャング団は、前作『陽気なギャングの日常と襲撃』から9年の歳月が経過してなお健在でした。

久遠が偶然暴漢から救った火尻という男は事件被害者のプライバシーをもネタにする記者で、銀行強盗犯と気づかれた面々はトラブルに巻き込まれていきます。4人を狙う火尻の目的は何なのか、火尻を襲った暴漢はは何者なのか……ストーリーの各所に伏線が張り巡らされ、じわじわと追い詰められていく展開にハラハラしながら読み進められました。

ギャング団のひとり、響野は演説名人というだけあってとにかく口が回るのですが、本作で登場した火尻もまた、口達者な人物です。しかしふたりのベクトルが全く異なるあたりに、ギャング団と火尻の攻防の面白さがあると思いました。

「(中略)我々がお金をもらうのは、個人からではなく、銀行という建物からです。損害が出れば、銀行員が責任を取らされるのではないか、と心配される方もいるかもしれませんが、銀行員には非はありません。非があるのはもちろん百パーセント我々、まあ正確に言えば私以外の仲間が九十八パーセント、私が二パーセントというところです。なにしろ私は幼少のころから、非の打ちどころがない、と周囲を唸らせてきた人間ですので」

 久遠は顔を上げ、「非の打ちどころのない人間が、どうして強盗なんてやってるんだろうね?」と成瀬に囁いた。

 成瀬が眉をひそめているのは、ゴーグルをつけていても分かる。「あいつのしゃべることに理由や意味なんてあると思うか?」

響野の語りの中心は自分自身です。とにかく自分が言いたいことを銀行強盗の最中にも喋り続けます。相手の反応なんてお構いなしです。

対して火尻の語りは他人ありきです。己の欲望を満たすために他人を利用します。

「反省?」火尻はとぼけるでもなくはじめは訊き返した。「ああ」と言う。「反省ね、あんたたちは俺のことを、反省も後悔もない無神経で、千枚張りの面の皮、厚顔無恥だと思っているだろうがな、俺にだって反省はある」

「それは良かった」

「たとえば、俺の記事がもとで会社を辞めた奴の話を聞けば、もっとひどい目に遭わせてやればよかったと反省する」火尻が笑う。「会社を辞めるにやめられない状況にして、生かさず殺さず、じわじわと苦しめる方が楽しいからな」

人の弱みにつけこんで金銭を要求しようとする火尻に「ひとが嫌がることをするのが好きだからか」と問いかける成瀬。返って来た答えは「苦しむのが俺じゃないからだ」。自分の社会的な立場を利用して人を追い詰めたり、自分が安全地帯にいることで他者を嘲笑したりする悪役は、『オーデュボンの祈り』や『重力ピエロ』など伊坂幸太郎作品には繰り返し現れます。 

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

 
重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)

 

そんな悪意に対して、ギャング団はユーモアとハッタリで立ち向かいます。話術で相手を説き伏せ、それらしい変装をして潜入捜査をし、愉快な痕跡や目くらましで反撃の準備を重ねていくのです。ギャング団の会話のテンポが心地よく、くすくす笑いながら読んでしまいました。

ストーリー中には、メディアや防犯に対する意識について考えさせられるエピソードもありますが、決して重くなり過ぎない軽やかさがあります。面倒事に巻き込まれてピンチに陥るも、パズルのように組み立てられた作戦で最後には溜飲の下がる、軽妙で愉快なフィクションでした。

読んだり書いたりする時、テーマやメタファーを探して考えてしまうことがありますが、 もっと気楽にやろうよ、話は楽しいのに限るよ、と思わせてくれる1冊でした。