やりたいことはたくさんある/星野源『働く男』

『働く男』(星野源/文藝春秋)を読みました。雑誌連載していた映画エッセイや自作曲解説、又吉直樹氏との対談など、星野源の仕事が集められた一冊です。 

働く男 (文春文庫)

働く男 (文春文庫)

 

どれも乱暴ではないけれど率直で、笑いが散りばめられた楽しさがあるのですが、私は中でも短編「急須」がとても面白かったです。

日常の中の事件

「急須」はうっかり割ってしまった急須を夫婦が買い直しに行く物語です。急須を割ってしまった「かみさん」を夫である「俺」の目線で語っています。

日常になじんだ小物が壊れてしまうというのは、その卑近性ゆえに、ニュースになるような事件よりもずっと大事件になりうると思うのですが、その大事件は問題に直面した本人にしか感じ取れなくて、周りとの温度差が発生します。その温度差を感じつつ、おろおろしている相手に対して寄り添えるかどうかはとても大切なことに思います。急須を割ってしまい泣きながら同じ急須を買いに行こうというかみさんに、いいよと言える「俺」はいい旦那さんです。こういうひとに私はなりたい。

その後デパートで、大切にしていた急須が実は超ロングセラー商品だったことを知ったかみさんが急須をぶん投げてしまうシーンがあるのですが、この感覚にはすごく共感しました。

彼女は自分だけが愛していると思っていた急須が大ヒット商品だったということが許せなかったようである。 

自分だけのお気に入りと思っていたものがお店に大量にあったり、いつも売られていたりするのは少し悲しい気持ちになります。でも同じものを持っている人に出会ったら、好きなものを共有できているようで嬉しいかもしれないです。もしショックを受けてしまうとしたら、好きなもの=個性という考えのもとに自分の感覚を信用できなくなった時なのかなと思います。

それにしても、このかみさんはすごく可愛いひとです。友だちになったらちょっと振り回されそうだけど楽しいだろうな。

やりたいことをめいっぱいやりたい

本書は複数の仕事をこなして働き続けていた頃の文章が収録されていることもあり、映画コラムのエッセイでは「90歳でポックリ死ぬまでの完全な健康」がほしいというくだりがあります。

職業の枠にとらわれず、各方面で活躍している星野源だから言えるのかもしれませんが、私もやりたいことに何でも手を出したいと思った一冊でした。早く健康になりたい。