文楽に行ってみませんか? 個人的お気に入り演目3選

2004年に発行された『あらすじで読む名作文楽50選』が新版で出ていたので、その中でも特に好きな演目についてのエントリです。 

文楽の演目は歌舞伎でも上演されることが多いので、実際に文楽や歌舞伎の舞台で観たことのある面白かった3作品と、個人的おすすめ1作品について書きます。

  1. 菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)
  2. 摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ) 
  3. 女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく) 

個人的おすすめ:日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)

新版 あらすじで読む名作文楽50選 (日本の古典芸能)

新版 あらすじで読む名作文楽50選 (日本の古典芸能)

 

菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)

文楽の三大名作のひとつです。

平安時代の菅原道真(菅丞相(かんしょうじょう))が大宰府へ流罪となった事件を下敷きにした作品です。ストーリーは菅丞相に恩義のある松王丸・梅王丸・桜丸という三つ子を中心に展開します。無実の罪で流罪となってしまった菅丞相を救うため奔走する三つ子が、それぞれ自分の忠義を尽くすのですが、物語を通して何度も描かれるのが「親子の別れ」です。

全5段の長い演目なのですが、個人的おすすめは「寺子屋の段」

三つ子のうち松王丸が登場するのですが、彼だけは菅丞相を陥れた藤原時平に仕えています。恩人の力になりたくとも、主君に従わざるを得ない松王丸。菅丞相の息子・菅秀才を殺害するよう指示され、恩義と忠義の板挟みになるのですが、ここで彼は自分の息子を身代りにすることを画策します。

文楽は人形が演じているので、当然ですが顔色が変わったり涙を流したりすることはありません。にもかかわらず、寺子屋の段の松王丸からは怒り、悲しみ、やるせなさが伝わってきます。肚を見せず主君の命に従って働く姿に垣間見える心の内は、見ているこちらも苦しくなるほどです。歌舞伎でも割と上演されているので、比較するのも面白いと思います。

なお、あまり上演されない段ですが「天拝山の段」では、菅丞相が本物の火を噴く演出があり、たまげました。道真さまが、口から火を噴いていらっしゃる……人形遣いさん熱くないの?舞台装置とか大丈夫なの?と文楽の豪快さに衝撃を受けた作品でもありました。

摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)

江戸時代にもヤンデレはいました。

河内国の大名・高安家に後妻として入った玉手御前が、跡継ぎであり継子の俊徳丸に恋をするという昼ドラのような展開に、俊徳丸を亡き者にしようとするお家騒動が絡み合う演目です。

この玉手御前、俊徳丸の許嫁をビンタしたり引きずり回したりとパワフルにも程がある女性です。しかも俊徳丸は毒入りの酒を飲んで顔が醜くなってしまっているのですが、毒を盛ったのは玉手御前。「私が盛った毒であなたはこんな姿になって……でもこれで許嫁からも愛想を尽かされるでしょう……フフ……」とヤンデレっぷりを披露してくれます。こんなお母さんいやですね。

このあと物語にはどんでん返しが待っているのですが、やりたい放題の玉手御前が好きになってしまった私にはあんまりな展開でした。玉手御前の俊徳丸に対する感情も、保護者として彼を守るための建前だったのか、本気で恋していたのか、全体を通してみればはっきりとしません。玉手御前の本当の望みはどこにあったんだろう、と観終わった後も余韻の残る演目だと思います。

文楽に登場する女性は、目的のためには手段を選ばないほど一途で向こう見ずで一所懸命です。 

女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)

大坂の油屋・河内屋与兵衛容疑者(23)が同業者を殺害する事件が発生しました。殺害されたのは豊島屋お吉さん(27)。容疑者は以前より借金を繰り返しており、お吉さんと金銭トラブルとなり殺害した模様です。役人の事情聴取に対し、容疑者は「魔が差した」と言っているということです。

こんなニュースになってもおかしくないような、強盗殺人事件をベースにした演目です。 

23にもなって働きもせず遊びまわっては借金を作り、親に金をせびり、ご近所さんにも迷惑をかけ、ついに立ち行かなくなってひとを殺してしまう、そんな男の動きを戯作者の近松門左衛門は丹念に追っていきます。

見どころは「豊島屋油店の段」。

親に感動され、借金を返す当てもなかった与兵衛は一度は改心しますが、借金返済のためのお金をお吉から借りようとして断られ、ついに事に及ぶシーンです。

豊島屋は油屋さんなので、店には当然大量の油がストックされていますが、ふたりがもみ合ううちに油壷が倒れてしまいます。歌舞伎では実際に油を使った演出がありますが、文楽ではこれでもかというくらい、人形が横に滑ることで油を表現します。

お吉は逃げたくても思うように体が動かず、与兵衛は刃を向けるもあらぬ方向へ滑ってしまいます。殺す側・殺される側の緊迫感が一層高まる場面で、私はただ息を詰めて観ることしかできませんでした。

その後、役人に捕まった与兵衛はお吉殺害について「魔が差した」と言います。 江戸時代の物語ですが、十分に現代に通じるドラマだと思います。

日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)

文楽ってすごい!と初めて思った作品です。

『あらすじで読む名作文楽50選』には掲載されていませんが、私はこの演目がものすごく好きです。和歌山県の道成寺にまつわる「安珍清姫伝説」を取材した物語で、能や歌舞伎でもそれぞれの演目が存在します。

安珍・清姫伝説 - Wikipedia

ものすごく大雑把ですが、清姫お嬢さんは通りがかりのイケメン僧・安珍にアタックするも適当にごまかされ逃げられてしまい、怒り狂って安珍の後を追いかけて最後は殺してしまう、という話です。

文楽で上演されるのは安珍を追いかけて清姫が日高川を渡るシーンです。

安珍を追いかけて夜中にひとり川べりに立つ清姫。そもそも女子がうろつくような時間じゃない時点で、尋常ではない雰囲気が漂います。日高川は広いので、渡し船に乗らないと安珍のいる向こう岸へは渡れないのですが、渡し守は安珍から事情を聞かされており乗せてくれません。それでも劇の最後、清姫は向こう岸へ渡り切っています。安珍への執念から、その身を蛇に変え、自力で川を泳いで……。

なんだかホラーのようですが、自分を蛇に変えてしまうほどの激しい恋と執念について、観るたびに考えさせられます。清姫の人形が蛇の姿に変わりながら日高川を渡っていくシーンは瞬きができないほどダイナミックです。文楽ならではの演出だと思います。

 

なんだか演劇の紹介って難しいです……。実際に劇場へ足を運んでいただくのが一番いいのですが、NHKで時々公演を放送している時があるので、まずはテレビで観てみるのもいいと思います。

劇場公演は基本的には大阪の国立文楽劇場と東京の国立劇場で行われていますが、全国巡業もあります。

歌舞伎も楽しいけれど、文楽もいかがですか?