創作

雪の下

あのひとに想い人がいるのは知っている。その恋が実る日は来ないであろうことも知っている。不毛な恋に身をやつすあのひとを呼び戻そうとするも、私の声は小さく風にかき消されて届かない。 珍しく雪が積もった朝は交通機関が麻痺し、職場に遅刻の連絡を入れ…

はつ雪の日

今日はこの冬初めての雪でした。 そうはいっても、強風にあおられて地面に着くかどうかくらいのところで消えてしまう、積もらない雪です。九州でも山間部は雪は積もりますが、海沿いの地域は雪よりも風の強さに凍えます。津軽海峡とは比べ物にならないのでし…

1月、鏡開き、ご近所さん

一緒にぜんざい食べようと休日に年上の独身女性のワンルームに招かれたらそりゃあいろいろ期待大と思って下心の方は準備万端で家に上がり込むと爽やか笑顔男子と腕組んだツーショットの写真立てが目に飛び込んできてだいぶ萎えた。 「米の代わりにちょうどい…

冬至の太陽

冬至は1年で最も日照時間が短い日だから、この日を過ぎたらまた日が長くなるという、前向きな言説がある。かぼちゃを食べ、ゆず湯に浸かり、寒さをしのぐ。 太陽が見えないと悲しくなる。季節性情動障害などというほどに、暗く寒い冬はわたしの内面を縮こま…

きらきらしてるとひねくれる

帰り道も立ち並ぶお店も、すっかりきらきらしている。あちこちに電飾が取り付けられて夜道が明るい。いつもの橋にはアーチが設置されて、まぶしいくらいの光を浴びながら向こう岸へ渡る。でも、イルミネーションなんておしゃれな風を装って、毎年同じものを…

<その人々>になる

空の写真をブログに投稿する。 カフェで昼飯を撮る。SNSにアップする。 人身事故で電車が止まる。いらだちをツイート。 上司がゲイバーから出てくるのを目撃する。社内グループメンバーに一斉送信。 海辺で居合わせたライフセイバーの救出劇にカメラボタンを…

ふつうの檻

眼鏡をかけたまま風呂に入った彼が眼鏡をかけたまま風呂から出てきた。いつものことだ。風呂で本を読むわけでもなし、湯気でレンズも曇ろうというのに必ず眼鏡を装着したまま風呂に入っている。眼鏡の「取扱いの注意」にも「熱を加えたり、熱がこもるような…

隙間風に耐える

窓を閉め切ってぴったりとカーテンを合わせる。引きずるような長いカーテンは冷気の侵入を防いでくれる。敷布団の上に薄い毛布を敷いて、掛布団の上にも毛布を重ねた。布団のあいだには湯たんぽをしのばせる。やかんを火にかけながら、白菜のあいだに豚肉を…

「スープが冷めないうちに」【第14回】短編小説の集いリライト

もう第15回のお題が出ていますが、第14回の感想で人称を変えて書いてはと言及いただいたので、リライトに挑戦してみました。 masarin-m.hatenablog.com 元々の投稿作はこちら。三人称で書いたものを、今回は旦那さん目線で書きました。 karasawa-a.hatenablo…

わたしの靴で歩いていく

13630円が、3年間の買い取り価格だった。あのひとに合わせて買った本やDVDは紙袋ひとつに収まる程度の量で、つぎ込んだお金に対して手放した時の戻りはあってないようなものだった。あのひとがプレゼントしてくれたあれやこれやも、ずいぶんよそよそしくて魅…